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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1074号 判決 1974年12月06日

原告

安増郁夫

右訴訟代理人

山本実

被告

石原建設株式会社

右代表者

石原孝信

右訴訟代理人

平井庄壱

主文

被告は、原告に対し、金四五五万八、八九八円およびこれに対する昭和四七年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、主文第一頂に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は、原告に対し金四五五万八、八九八円およびこれに対する昭和四七年二月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  原告の請求原因

一、原告は、早稲田大学の教授であるが、昭和四二年一二月二七日被告会社との間において、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地と被告会社所有の同目録(二)記載の土地とを交換する旨契約し、翌昭和四三年三月頃原告と被告会社は互に所有権移転登記手続をなした。

二、そもそも、本件交換契約は、被告会社の申出によつて締結されたものであるが、原告としては、現下の社会常識に鑑みて、不動産の売買・交換等については高額の税金が賦課せられることになれば、大学教授としての薄給の身では到底その負担に堪えられないと考えたので、本件交換契約の衝に当つた被告会社の社員である訴外緒明実、同杉本正樹に対し税金賦課の有無、税額等について尋ねたところ、同社員らは、原告の代理人森田茂、同森田初子に対し、「所得税法第五八条の交換の規定により交換するのだから絶対に税金はかかりません。」と明言したが、原告の代理人らはさらに強く念を押して確かめたところ、同社員らは、「もし、この交換によつて税金が賦課された場合には、被告会社の方で負担します。」と確約したため、被告会社の交換の申出に応諾して、本件交換契約を締結したものである。

三、ところが、原告は、昭和四四年三月頃突然豊島税務署から呼出を受け、本件交換契約についての書類の提出を求められ、調査された結果、原告と被告会社間の本件土地の交換については、原告が交換によつて取得する被告会社所有の土地が固定資産でなくいわゆる不動産業者が販売目的で所有するたな卸資産であつて、所得税法第五八条に規定する交換の場合の譲渡所得の特例の適用がなく、所得税の納付を免れないから、すみやかに所得税の修正申告書を所轄税務署長に提出するよう求められた。

四、そこで、原告は、税理士地頭所純夫を通じて、昭和四四年一〇月二日、豊島税務署長に対し、昭和四三年度の納税申告書の所得金一七二万八、七六四円、所得税金二〇万五、二六二円を、所得金八九一万五、〇二七円、所得税三一七万五、〇〇〇円と修正する旨の修正申告書を提出するとともに、昭和四六年六月頃までに所得税額不足額金二九六万九、七三八円、過少申告加算税金一五万二、九〇〇円、利子税金六〇〇円、延滞税金五一万九、二〇〇円を納付し、さらにその頃までに本件土地交換による所得の増加によつて、追加納付すべきことになつた昭和四四年度の地方税金九一万六、四六〇円を納付した。

したがつて、原告は、本件土地交換によつて、所得税、地方税等を余分に金四五五万八、八九八円を納付したことになる。

五、よつて、原告は、被告会社に対し、前記約旨に基づき、原告が本件土地交換によつて追加して納付した所得税、地方税等金四五五万八、八九八円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、仮に、原告と被告会社間において、本件土地交換によつて原告が所得税や地方税等の租税が賦課され、その納付を余儀なくされるに至つた場合、原告が納付した税金は被告会社が負担する旨の約定が認められなかつたとしても、被告会社の被用者である前記緒明・松本らは、被告会社の事業を執行するにつき、原告の代理人らに対し故意に本件土地交換によつて原告に租税が賦課されない旨の虚偽の事実を申し向けて原告の代理人らをしてその旨誤信させたか、あるいは、宅地建物取引業法所定の義務に違反し、原告の代理人らに対し、本件交換契約によつて原告に多額の租税が賦課されることになるという重要事項を説明せずして本件交換契約を締結させた結果、原告に前記のごとく不測の納税を余儀なくさせ、納付税額に相当する金四五五万八、八九八円の損害を負わせたものであるから、被告会社は、前記緒明・松本らの使用者として、原告に対し、右と同額の損害を賠償する義務がある。

よつて、原告は、被告会社に対し、不法行為を理由として、原告の被つた損害金四五五万八、八九八円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する被告の答弁・主張<略>

第四  被告の主張に対する原告の反論<略>

第五  証拠関係<略>

理由

一昭和四二年一二月二七日原告と被告会社間において、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地と被告会社所有の同目録(二)記載の土地を交換する旨の契約を締結し、昭和四三年二月頃原告と被告会社は互にその所有権移転登記手続をなしたことは当事者間に争いない。

二ところで、原告は、被告会社との間の本件交換契約によつて、所得税・地方税等の租税が賦課され納付を余儀なくされた場合には、被告会社がこれを負担する旨の確約があつたと主張するのに対し被告がこれを争うので、まずこの点について判断する。

<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告会社は東京都新宿区信濃町に本店を有し不動産の売買・仲介・斡旋、宅地の造成等を業とするものであるが、昭和三九年頃から八王子市郊外の山林・雑種地を買収し、これを宅地に造成して分譲しようと企図し、その造成に着手したのであるが、被告会社の宅地造成予定地入口付近に原告所有の山林・雑種地があつて、宅地造成に支障を来たすおそれがあつたため、原告所有の山林・雑種地を取得することを考えついた。

(二)  そこで、被告会社の社員である緒明・松本らが昭和四二年秋頃原告方を訪れ、原告の両親である訴外森田茂・初子夫妻に対し、被告会社の宅地造成の実情を訴えるとともに原告所有地の取得方を折衝したところ、昭和四二年三月二七日原告の代理人森田茂・初子と被告会社の緒明・松本らとの間において、原告所有の東京都八王子市大塚字二号六四番二山林七畝一八歩外一筆の山林を被告に対し代金七〇〇万円で売渡すとともに原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地と被告会社所有の同目録(二)記載の土地を等価交換する旨の契約を締結した。

(三)  ところで、もともと森田家は画家であるが、森田夫妻は終戦後税金で苦汁をなめた経験から税金について特に神経過敏になつていたので、被告会社の社員から土地売買・交換の申出を受けた際にも多額の納税を恐れてその申出に応ずるかどうかためらつていたところ、同社員らは原告所有地と被告会社所有地を交換することにすれば、所得税法の交換の特例によつて所得税等の税金が賦課されることがないからぜひ被告会社の申出に応じてほしいと懇請したので、森田夫妻はこれを信じ、昭和四二年一二月二七日原告を代理して被告会社との間に前示土地につき交換契約を締結した。

(四)  そこで、原告は、昭和四三年三月に提出した昭和四二年分の所得税の確定申告書には、早稲田大学から支給される給料、家賃の外被告会社に代金七〇〇万円で譲渡した八王子市の山林の譲渡所得金六六五万九、四〇〇円を計上記載したにすぎなかつたところ、昭和四四年五月頃突然豊島税務署から所得の調査を受け、同署に出頭を求められ、被告会社との間の本件土地交換に関する一件書類の提出を求められて調査された結果、本件土地交換については、原告が交換によつて被告会社から取得する被告会社所有の土地は固定資産でなくいわゆる不動産業者が販売目的で所有しているたな卸資産であるから所得税法五八条に規定する固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例の適用が受けられず所得税の納付を免れないからすみやかに修正申告書を提出するよう指示された。

(五)  しかして、原告は、かねてから租税申告書類の作成を依頼していた税理士地頭所純夫を通じて、昭和四四年一〇月二日、豊島税務署長に対し、昭和四三年度分の所得申告書の所得金額一七二万八、七六四円、所得税金二〇万五、二六二円を所得金額八九一万五、〇二七円、所得税金三一七万五、〇〇〇円と修正する旨の昭和四三年分の所得税の修正申告書を提出するとともに延納を申請して昭和四六年六月頃までに所得税額不足額二九六万九、七三八円、過少申告加算税金一五万二、九〇〇円、利子税金六〇〇円、延滞税金五一万九、二〇〇円を分割して納付し、さらに本件交換による所得の増加によつて、昭和四四年度分の地方税不足額金九一万六、四六〇円を昭和四六年六月頃までに豊島区に追加納付した。<証拠判断略>

もつとも、被告は、原告と被告会社間の本件土地交換契約が締結されたのは昭和四二年一二月二七日であるから、仮に本件土地交換契約によつて原告に所得税が賦課されるとしてもその契約の成立の日からみて当然昭和四二年度分の所得として納税すべきものであるところ、原告が所得の修正申告書を提出したのは昭和四三年度分の所得であるから、その主張には明らかな誤謬がある旨主張するが、原告が被告会社との間において昭和四二年一二月二七日に締結した本件土地交換契約によつて得た所得を昭和四三年度分の所得として所轄税務署から修正申告するよう指示され、その指示どおりの修正申告書を提出したのは、本件土地交換契約の履行行為たる所有権移転登記が昭和四三年二月頃に経由されたことによるものであることは<証拠>に照して明らかであるから、被告の右主張は到底採用できない。

そして、右認定の事実によれば、原告と被告会社間の本件土地交換に際しては、被告会社の社員らが原告の代理人らに対し、所得税法の特例の適用によつて本件土地交換には所得税が賦課されることはないと軽信していたため、その旨を言明したが、仮に本件土地交換によつて原告に租税が賦課された場合には被告会社においてこれを負担する旨の確約までできていたものということができないから、これとあい容れない主張を前提とする原告の請求は認容し難い。

三そこで進んで、原告が本件土地交換によつて所得を得たものとされ所得税、地方税等の納付を余儀なくされるに至つたのは、被告会社の社員が原告の代理人らに対し殊更虚偽の事実を申告したかあるいは重要な事項を説明せずして原告と被告会社間に本件土地交換契約を締結させた結果によるものであるから、被告会社は、前記緒明・松本の使用者として民法七一五条により損害賠償の責任は免れない旨主張するので、この点について審案する。

上来認定の諸事実に<証拠>を総合すれば、被告会社の社員である緒明・松本らは、本件土地の交換には所得税法所定の交換の場合の譲渡所得の特例が適用される結果原告に所得税等の税金が賦課されないものと軽信していたため、原告の代理人らに対し、本件土地の交換によつて原告に税金が賦課されることはない趣旨を表明したこと、原告の代理人らとしてはもつぱら不動産業を営む被告会社の社員らの言辞を信頼し、本件土地交換によつて税金が課せられないものと誤信して、被告会社の土地交換の申出に応諾し本件交換契約を締結した結果、後日思いがけない所得税・地方税等の租税を納付することを余儀なくされるに至つたことが明らかである。

ところで、およそ、不動産の売買・仲介・斡旋、宅地造成等を業とする会社の社員たるものは、不動産自体に関する知識のみならず、その取引に必要な民法、税法その他の法律上の知識・経験を有するものとして仲介・斡旋の委託者は勿論これら不動産業者の社員と直接売買・交換等の取引をする一般私人もこれを信頼し、これら社員の介入あるいは社員との直接取引に過誤のないことを期待するものであるから、この社会的要請に鑑み、これら不動産業者の社員は委託を受けた相手方に対しては委任ないし準委任を前提とする善良な管理者としての注意義務を負うことはもとより、直接これら社員と取引するに至つた一般私人に対しても、信義誠実を旨とし、目的不動産の瑕疵、権利者の真偽については勿論租税の賦課等につき格段の注意を払い、もつて、取引の相手方に取引上の過誤による不測の損害を生ぜしめないように配慮すべき業務上の一般的注意義務があり、もしこの注意義務の懈怠の結果これを信頼して取引をなした相手方に不測の損害を被らしめたときには、一般不法行為によつてその賠償の責を負うものと解するを相当とする。

そこで本件についてみるに、被告会社の社員である緒明・松本らは、前記認定の経緯のごとく、その業務に関し、被告会社の社員と直接取引する原告の代理人らに対し、本件土地交換の申出をなし、同人らが多額の税金が賦課されることを恐れてその申出に応ずるかどうかしゆんじゆんしていたところ、本件土地交換によつて原告に税金が賦課されることはないと言明したのにかかわらず、事前に当該交換について所得税法上の特例が適用されるか否かにつき特段の調査・配慮を払わず、もつぱら同人らの独自の見解によつて、本件土地交換によつて原告には税金が賦課されることがない旨言明し、原告と被告会社間に本件交換契約を締結せしめた結果前示経過のとおり原告に不測の納税という出捐をなさしめたことは、その業務上要請される一般的注意義務を尽したものとは解し難い。

ところで、訴外緒明・松本は被告会社の被用者であり、同人らは被告会社の業務として本件交換契約を締結したことは前示のとおり明らかであるから、被告会社は、民法七一五条の規定により本件交換契約によつて原告がその出捐を余儀なくされた税金合計金四五五五万八、八九八円に相当する損害を賠償する責任を免れないものというべきである。

なお、被告会社は免責事由としてその被用者たる緒明・松本らの選任およびその事業の監督につき相当の注意を払つたと主張するが、被告会社はその被用者の選任・監督につき具体的にどのような注意を払つたかについて何ら主張・立証しないところであるから、被告の右主張・立証は不十分であり、採用し難い。

四してみると、原告の本訴請求は、その出捐に係る税金に相当する損害金四五五万八、八九八円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四七年二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容するが、本件損害は商行為によつて生じた債務とは認められないからその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (塩崎勤)

物件目録<略>

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